きもの落語

演題 「和服の袖はなぜ長い」

きもの落語

<桃太郎、お福の呉服屋はんじょう記>

  演題 「和服の袖はなぜ長い?」

この席は、「しまい」まで一気にお話申し上げます。

  @ 桃太郎の御新造さん

「和服(きもの)の袖はナゼ長い?…」わたくしの話もかなり長くなりそうなんでありますが、一席おつきあいを願います。

強いのなんのって、桃太郎。鬼からぶんどった!いえ、もらった「反物」がきっかけで、呉服屋を始めることになりましてな。
腕力のほうでは自信がありますが、商いのほうは甚だ心許ない、文字どおり武士の商法になってしまいましてな。

桃太郎、やる気だけは人の何層倍もあります。

「良い品であれば売れる!(利の元は仕入れにあり)」お福さん01
と気づいていますから、ひとりで京都に仕入れに行きましてな…

途中、琵琶湖のほとりで、お福さんという娘さんに出会いました。
このお福さん、お顔のほうは俗に言います「まあまあ」でございますが、身体は丈夫、
おまけに近江商人の娘さんとして育っていますから、商いのほうではめっぽう長けているんであります!


このお福さん、京都に着きますと桃太郎をよーく助けてくれましてな、
売れそうな呉服物を、『見つける、嗅ぎ分ける、そろばん交渉する』をやってのけましてな、桃太郎の家来であります、キジと犬と猿の役割と持ち味をぜーぶ兼ね備えた娘さんですから、お福さんの働きぶりたるや、天下の京都商人をうならせて評判上々のデビューをはかります。

この話は、「越後新潟にぎやか座の・色物高座・『桃太郎それから…』」で語られていますんで、何卒の御高覧をお願い申し上げます。

それに、お福さん。桃太郎の仕入れ旅の間に、いつの間にか御新造さんになっておりましてな、
えエ、どこでどんな風に?って、この席は「新婚さんいらっしゃい」ではございません。
「いつの間に…」って、いーい言葉があるじゃー、ありませんか…

二人そろって、おじいさん、おばあさんの待つ越後新潟に帰って参りました…

さて、お福さん。近ごろは、里の近江方面のことばに変えて、標準語で桃太郎に話しかけてまいります。
ただし、けんかをする時は言葉を選んではおられませんから、育った里のことばでまくしたてることになります。
実はおじいさん、おばあさんが、新潟界わいの方言でしか話せませんので、講釈をするわたくしのほうも大変なんでありまして、
おまけに、犬と猿とキジまで口をはさんでくるんでありますから…


お福さん若奥様ぶりを発揮しております、
「桃太郎さん、桃太郎さん、早く起きて紅白の幕を張って下さいませ!」
少しのんきな桃太郎を起こしてかかりましてな、
「ううーん。眠いよー、いくら今日から売り出しだって、まだ夜明けだよ」
「はい、早く紅白の幕を張って、神さまをお迎えしたいのです」
「…なんで紅白の幕を張ると神さまが集まるの?・・お店の座敷には神棚はあるし、奥の部屋には、おばあさんがいるじゃない」
「おばあさん?」
「おじいさんは、おばあさんを、よく山の神、山の神って言ってるじゃない」
「いいえ、私達、あきんどの神さまは、お客様です!」
そこはちょっと、凡々の桃太郎といえども商人の端くれ、ガバッと起きましてな
「それは言える!」
           Aにつづく

 A 布を垂れて「力」を呼ぶ

「いいえ、私達あきんど(商人)の神さまは、お客様です!」
そこはちょっと、凡々の桃太郎といえどもあきんどの端くれ、ガバッと起きましてな、
「それは言える!」

 商人とは、不思議な人種でございましてな、「お客様」と聞いただけでも、まず目がピカリと光ります。背筋もピーンと伸びてまいります。お客様を前にいたしますと、ペコペコと頭を下げ始めましてな…

もっとも近ごろでは、カリスマ店員とかいわれましてな、売るんだか売りたくないのか解らないようなふりをいたしまして、「姉ちゃん買っていきなー」って感じでお店に控えています。これが不思議で、買うほうのお嬢さんのほうが頭を下げて、「お願いします」って感じで、これがたいへん繁盛しておりますから、世の中も変わったものでありまして…

「桃太郎さん。神社やお寺も、お祭りの際は、旗や幕などの布を垂れるでしょう」
「下げてるねー」
「あれは布の端を揺れさせて、神さまや仏さまを、呼びやすくする為。と、聞いております」
「まさか?・・・ほんとかい?」
「里の父からも聞いておりますわ、太古の人たちは、願い事をするとき、布を垂れさせるんですって」
「布をぶら下げる?」
「自分の前に布を垂れさせたとします。布の裾が風を呼んでソヨソヨ揺れます。すると、自分の身体に何か力を感じたと思われるんですって」
「感じた人は、天から解らない何かが降りて?…まさかあ…神様とか仏様みたいな…」
「太古の人達は自然の中で暮らすので、感が鋭く、布が揺れたとき何かの『力』を感じたのではないかと、里の父も言っておりましたわ」


「そう言えば、日本の神社仏閣のお祭りには布をいっぱい下げるねえ…」
「日本だけでなく、外国の人たちも、教会や、お祭りの時には、布を沢山下げるそうよ!」
「見た、見た。テレビで見た!」
「・・・」
室町時代に、テレビがあるわけないとおもうんですが…

「お福。あきんどの神さまはお客様」
「そうですね」
「じゃあ、あきんどが店の軒先に張る、のれんや紅白の幕は、お客様をお呼びする為?」「はい。お客様を大勢さんお迎えしたいと『願う』のはあきんどの本心です。紅白の幕の裾を揺れさせて『力』を呼んで、『力』を頼みたくなると思うのです」
と、えらいお嫁さんが来てくれたもので、桃太郎のシリを叩いておりましてな。

叩かれた桃太郎の方も、お店に紅白の幕を一生懸命張っておりますと、
猿とキジが手伝いますから、あっと言う間に張り終えましてな、
手伝えなかった犬が「ワンワーン」とほえますと、

「静かに!ご近所はまだ寝てるんだぞ」
などとにぎやかでありましてな、一方でお福さんは、セッセと朝茶の準備をしておりまして…

ハタハタと揺れる紅白の幕を二人仲良くながめておりまして…


「お福。もしかして、振袖の長い袖は、そこからきたものかい?」
「さすがは、私の旦那様!」

         Bにつづく


 
B さすがは私の旦那様

「お福。もしかして、振袖の長い袖は、そこからきたものかい?」
「さすがは、私の旦那様!」

さすがは私の旦那様!お福さん、お見事でございましょう!
この「きもの落語」は、笑いは少ないんでありますが、聞いている人の、ためになる話がいっぱい出てくるんであります。
特に彼氏が欲しいかた、また彼氏に絶対飽きられたくないかたの為に、あるようなもんでございまして・・・

「さすがは・・・」の一言は、桃太郎を全面的にほめたたえ、
「私の旦那様」で、信頼抜群、この家で一番偉いのは、だんな様とも言ってますなー。
これを言われたら、たいていの男は、参ってしまうんです。

でもよーく考えて見てください。
「私の・・」と言ってます。
操縦しているのは、「私」なんでありますよーって意味が、桃太郎には気づかないように、仕掛けてあるんでありまして…

「もしかして、振袖の長い袖は、そこからきたものかい?」
いよいよ、袖の話に入ろうといたしましたら、台所の方からおばあさんが、
「おめさん達ー、ちょうはんが出来たれねー。そろそろなじらねー」
新潟市近辺の方言でありまして、訳しますと、
「皆さーん、朝ごはんが出来ましたよう。仕事の手をやすめては、いかがですかー」
 念押しに使う『ねー』」には優しさがこもっておりまして、

桃太郎の家では、犬、猿、キジも仲間に入って、みんな仲良く、ひとつのおなべをいただいております。

お福さんの「袖」の講義は、朝食の後となりました。
お福さんは、朝げのあとの湯茶をいただきながら、桃太郎に「幕がゆれる事と、袖が振れる」由縁を話し始めます。

「平安時代は、男性が私達女性の家に通う、『通い婚』だった事はご存知でしょう」
「いつも一緒に住んでなかったの?」
「そうなの。男の人が、夜、女性の屋敷に来るのです」
「ふーん…」
「男の人は浮気者が多いものですから、つい、よそに行ってしまう恐れがあるでしょう?」       
           Cにつづく

 C 布を垂れ下げる


「男の人は浮気者が多いものですから、つい、よそに行ってしまう恐れがあるでしょう?」

お福さんは、「浮気」という言葉をつい口に出してしまいましてな、
自分で言ったのですが、なにか頭の方から熱が出て来るようでございましてな。
まあ、こういうご婦人は単に、やきもち焼き屋さんなんでありましょうが…
特にお福さんは、桃太郎に対しては、丸かじりで惚れ込んでおりますから、なおのことでございましてな…

また、お福さんはカチンときますと、里の近江の方の言葉が混じってくるんであります。
「桃太郎さんは正直さんやんか。そやさかいに、よそさんのおひと(他の女性)と・・」
「なんでそこで横目でにらむの」
「…、桃太郎さんは、通い婚時代の女性が、一番願っていた事って、なんだか知ってます?」
「?…」


「平安時代の女性の『願い』は、好きな殿方に、自分の家に必ず来て欲しいって、願っていたはずですわ」
「そりゃ、いつの時代でも同じと思うけど…」
「くやしいんですけど、通い婚の場合、殿方が家に来るときに、金品や食料も持参してくる時代だったと聞いております」
「そうだったのか…」

「よそ(他家)へはやれません。殿方に自分の家に来て欲しいと、強く『願う』と思うのです」
「私のそばに来てくれーって、テレパシーを発したら?」
「そやねー、テレパシーやねー。桃太郎さん、気づいてくれたんや。うれしゅうおすう…」
「いやあー、あの…」
桃太郎、またまたデレーと崩れましてな…

「桃太郎さん。神社仏閣の祭礼に、境内に幕や幡(ばん)を張ったり、参道に旗やのぼりを下げたりすることをお話したでしょう」
「張った幕やのぼりの裾が、風でそよそよ揺れると『力(神仏)』を感じる話だね?」
「当時の人達が、布がゆれると、自分に『力』が湧くって感じていたとしたら?…」
「感じたとしたら、どうするかなー…」

「ふだん着ている衣服を工夫して、裾のあたりをひらひらと垂れ下げたり、腰に紐を結んで紐の端を垂れ下げて、ゆらゆら揺れるようにさせると?」
「自分に『力』が欲しければ、衣服を垂れ下げるかたちにする」
「風が吹いて来ても、自分で動きまわるだけで…」
「垂れ下げた布が揺れるねえ…、自分の周りに『力』が寄ってくると感じたんだ!」
「はい私もそう思います。特にきもので一番動くところは袖の部分でしょう?」
「袖の『たもと』の部分だねー」
「気がついた人は、袖を長く垂れ下げたくなると思いませんか?」

           Dにつづく

 D 袖を振る

「気がついた人は、袖を長く垂れ下げたくなると思いませんか?」

「お福は、すごい事を知っているんだね」
「平安時代では、十二単衣のような、袖を大きく垂れた『大袖(おおそで)』を着ていたでしょう」
「十二単は優雅だ!」

「和服(きもの)の袖には長く垂れた『たもと』が附いています。着ているだけで、垂れた袖は揺れています。たもとの裾が揺れて「『力』を感じたとしたら、揺れかたが大きい『大袖』を着れば、もっと大きな『力』を得られると考えるでしょう・・」
「それは、女性の『願い』をかなえやすくしてくれるから?」
「はい、恋人に思いが伝わっていれば、『願い』はかなったようなもの、大きな袖のきものを益々頼りにして着たくなるでしょう」

「うんうん…」

「『逢いたい』との願いがつのったときは、願いが強くかなうようにと、テレパシーを発信しながら、『家に来てーって』、激しく振ったそうなのよ」

「そうか、あの大袖はその為に大きかったんだー。男性達が着る、『束帯』の袖も大きいね!…男も袖を振ったんだ!」

「御存知でしょう。万葉集にも、額田王は

   ・茜さす  紫野行き   標野行き
      
野守は見ずや  君が袖振る・

 とも詠っているでしょう。」

「みんなで袖を振り合った姿が目にうかぶなー。僕も平安時代に生まれてきたかった。」
「平安時代でどうするの?」
「袖を振って恋人を呼ぶ・・」
「あほなこと言わんとき!」
「いやー、そのー・・・」
「もう、そんなこと想像してはる・・・」

そばで聞いていた、おじいさんが、にこにこと仲裁に入ってくれましてな、
「お福さんや。桃太郎に、ゼンや、しなもんを、たがえさせねば、いいんだがね。どこのもんらって、ゼン持たずは、寄せねすけね」
新潟市近辺の方言でございますんで、訳します
「桃太郎に、金品を持たせなければよろしい。どこのお方でも、手ぶら男は家に入れないぞよ」
おばあさんは手をうちながら、
「そお〜いんだ、そお〜いんだ!(そのとお〜りでございます!)」

おばあさん、今度は真顔になりましてな、
「そおいえばさあ、私ねえ、このめえ、年寄りばっか集まってさあ、丈夫をねごて神社にいったてばねー」
訳します。
「その話が出たところですが、私はこの前、お年寄りが集まって心身健康の祈願を頼みに神社に行って参りました」

「神主さまが、のりとをあげなさるときさあ、でっけ袖を、しょっちゅう振るようにしては、拝んでいたれねー。巫女さんが途中に出てきて、ものすげでっけ袖を、ほんの気になって振ったれねー。ぐるぐる廻ったり、鳥が羽根ふったりしてるみてにしてさあ、私達に風を送ってきたように見えたれね!」
難解な同時通訳となりましたが、
「神主さまが、のりとを奏上される際、常に大きな袖を振るようにして威儀を正しながら拝礼していらっしゃいましたよ。儀式の中で、巫女さんは特大の袖を振りましたよ。大きく廻ったり、鳥が羽ばたくようして、私達に風を送って下さったように、私には見えました」

おばあさんは、神妙に語るんでございましてな。

 Eにつづく 

  E 振袖は江戸時代から…

おばあさんは、神妙に語るんでございましてな。     

「お福。昭和、平成時代に成人式などで着ている、『振袖のたもと』の長さも、『願い』をかなえる為のものだったんだね」
「はい。江戸時代の袖の形は、小袖(こそで)といわれ、たもとの長さは昭和、平成時代とあまり変わらないくらいでした」
室町時代に活躍する桃太郎やお福さんが、昭和や平成の時代が解るんでしょうか?…そこが「きもの落語」の都合の良いところでございましてな。

まあ、若い娘さんにとって一番の『願い』は恋人でしょう。
しかも、いつも一緒に居たいと思うことは、古今東西変わらないんでありましてな。
恋人が見あたらない娘さんは、早くその男性に遭遇したいと『願う』ことも古今東西変わらないんであります。
江戸時代の娘さん達も、平安時代の男女のように『袖を振った』といわれておりますなあ。
「恋人よー、そばに来てー」思いを込めて振ったそうですよ。

「桃太郎さん。あきんどの神さまはお客様ですよね」
「お客様です!」
「娘さん達の神さまは?」
「?…。恋人だ!…ヨね?」
「江戸時代の結婚は一夫一婦制でしたから、娘さんを持った親達は、早く娘に良い伴侶をと『願い』ました」
「いつの時代も同じだと思うよ…」

「そこでたもとを長くした『振袖』を着せて、袖を振らせたんですって」
「袖を長くすれば、揺れるときの風も大きくなるわけだ。娘さん達の周りに集まる『力』も大きな『力』になると考えた…」
「はい、娘さん達は陰に隠れて、激しく袖を振ったそうよ。『私の花婿さんになる人、早く私の前に現れてー』って!」
「平安時代の『大袖』といっしょだね。恋人が居る娘さんなら、毎日来てーッて、テレパシーを送ったと思うよっ…」

「はみ出し気味の娘さんも居たとみえて、『袖振り娘は、はしたない』って言葉、今も残っているでしょう。人前でも袖を振った娘さんも居たんでしょうね。」
「『袖振り娘は、はしたない』聞いた、聞いた。電車の中でお化粧するお嬢さんとおんなじかな?…」
「電車ってなーに?…あら、どうしたの?」

「…ふふ、お福も、袖を振って僕をつかまえたんだ・・」
「さあ、どうでしょうか」
「さあ、とはなんだ」
「さあ…、さあ仕事に入りましょう。桃太郎さんの仕事ぶり、見てみとうおす…」 

      「和服の袖はなぜ長い」 完           

                 文 イチコクヤ亭主 

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