なんでもありッ!

男達だけの旅「弥彦参り」

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 男達だけの旅「弥彦参り」

@恋仲を裂く神さま?

新潟市の中心部から西方約36キロ(八里)、越後一宮と称される彌彦神社(いやひこじんじゃ)さまがあります。
一般的には弥彦神社(やひこじんじゃ)とお呼び申し上げています。
人々の崇拝ぶりはたいへんなもので、1年を通して善男善女の参詣者でにぎわっています。

私が住む新潟市の人達は、「弥彦に行ってくる…」と相手に言えば、
「弥彦神社さまにお参りに行ってくる」との意味が伝わるほどなのです。
私もこれまで数えきれないほど、お参りさせていただきました。

「『弥彦』に彼女を連れて行くと、仲を裂かれるそうだよ!…」
仲を裂くうわさは、『弥彦』の話題が出ると、善男善女とおぼしき人までもが
「そうなんだと…」とか、
「女の神さまがヤキモチを焼いてね!」とか、
笑いながら話します。
私も、誰からともなく聞かされました。

彌彦神社さまに参拝させていただきますと、やはりいつもの感動をおぼえます。
立派な鳥居をくぐって石造りの参道を進むと、大きな杉の木が周りを囲い、夏でさえひんやりとした空気に包まれます。
上り勾配の参道を歩くだけで身が引き締まるおもいになるのです。

ひときわ高い石の段と門を通ると、巨大な瑞鳥が羽ばたくかとおもうような、堂々とした社殿が建っています。
本殿です!本殿の背景には、深遠な弥彦山がグワーっと覆い被さるようにそびえているのです。


現在も、その荘厳さに感動をおぼえる程ですから、若い頃は、もてもしないくせに「仲を裂く…」うわさを信じそうになりました。




A「内野町」と「岩室温泉」

電車や車の無い時代、「旅」は庶民の大きな楽しみだったそうです。
私が住む新潟市から、徒歩の旅としての「弥彦参り」は、一泊二日のお手頃旅であったと聞いています。
歩き旅は平均して1時間に4キロくらいの速度ですから、弥彦さまにお参りするには8時間は要したことになります。

旅人達は早朝に新潟を出て、「弥彦街道」と称された道を歩いたことでしょう。
歩くこと約3時間余、「内野(現・新潟市西区内野町)」に入ります。

当時から、「内野」は近郷に豊かな農家や漁師、建築に携わる人達など、比較的裕福な階層を有し、繁栄してきた町です。現在でも立派な料亭などがありますが、近郷の富裕な男達の集会地であったと聞いています。
余談ですが、90年前「内野新川」が開発されました。当時、巨大工事で全国から請負師や職人達がいっぱい集まって来て、「内野」は昼夜通しての大繁栄をみたと聞きました。

旅人達は「内野」を越え、「弥彦山」や「角田山」が街道添いに植えられた松並木の間から、徐々に大きく見えてきたことでしょう。(現在も随所に立派な松並木が残っています。)

いよいよ、弥彦さまに近づくと、一里(4キロ)手前に「岩室温泉宿」に入ります。
現在の「岩室温泉街」は、湯も良く、しっとりと落ち着いた風情をただよわせています。
有名な「岩室甚句」に謡われているように、たいへん人情にあふれた温泉街です。
芸妓さんが40人も居る(3年前お聞きした)ほど繁栄しています。

電車も車も無い時代、「岩室温泉」はもっと繁栄した温泉宿だったと聞いています。

「弥彦」に急ぐ男達は、いかような気持ちで「岩室温泉宿」を歩いて通過したことでしょう。
「岩室甚句」の一節に、
…なじょが見つけて、寄りなれ…(…お前さんが見つけて、寄りなさいよ…)と、
厚い情けを謡った一節があります。


「今宵の宿は、ここだ!」「今宵は…」
旅人に力が涌いてきたかどうかは、当時の男達に聞いて下さいませ…


弥彦参りを成就した後は、新潟方面に戻るようにして、「岩室温泉宿」に泊まることになります。
ほかにも、宿場が神社の鳥居の近くをはじめ、あちこちに在ったのですが・・


B仲を裂く噂は先人の男達のしわざか?・・

20年ほど前のことですが、数人のお客様と「小さな旅、米百俵と弥彦さま」と題して出かけた時のことです。

「『弥彦』に彼女を連れて行くと、仲を裂かれる…」
旅の途中、誰ともなく例のうわさばなしが出ました。
「それね、昔の男衆の一計らしい…」
答えて下さったお客様がいらっしゃいました。

手広くガソリンスタンドや燃料の問屋など商いされる家の大奥様でいらっしゃいます。
私が商用でお訪いしますと、世を達観しての、政治、経済、商人の心掛けなど、教えて下さったお客様です。

大奥様がおっしゃるには、
あのうわさは、昔の男衆が男の都合で流布したものではないか…。

「仲を裂く、仲を裂く」と女性達をおどかせば、普通の女性ならば、ご亭主とは同行しないはず。
ご亭主の方は、「弥彦参り」の帰り道、「岩室温泉宿」で奥方と一緒だと、都合が悪いはず。
「…と、聞いています。」
ビシリと解説されたのです。


それをお聞きの御婦人方は、「くっくっく…」と声を抑えながら笑い、私はつい、「ブッハッハ…、なるほど!」と、吹き出して笑いました。皆さんが、笑い顔で「うん、うん。」とうなずかれたのです。

       ご参考=米百俵で有名な峰岡藩の城下が弥彦の手前約5キロにあります。
             三根山城址、武家屋敷がしっとりとたたずんでいます。



 

C旅の疲れを「岩室温泉」で! はんばき脱ぎは?


岩室温泉が人情も特別に厚かった様子が、有名な「岩室甚句」の一節に謡われています。

「・おらがヤー、若い時、カカと二人で弥彦参りをしたればナ。
 なじょがヤー、見つけて、寄りなれと言うたれも、
 カカが居たればあぁ返事がならぬ。
 あぁヨーシタヤー、ヨーシタヤ!・」

滑稽な情景ですね。男達にとっては、奥さん連れの弥彦参りは、どうもつごうが悪かったようです。

「二人一緒だと仲を裂かれるから・・・」
先人の男達がまことしやかにうわさを立て、流布した。
もしこれがほんとうなら、先人の男達のしたたかさに舌を巻きます。

私は大奥様の節を拝聴したときから、私もその節をもって、相手の方に話してみたいと思いました。無論、昔から在るうわさを否定できないと思っています。
先ず、神さまが恋路のじゃまをなさるわけがないと私は思います。
それに、その節を裏付けるとおもわれる話しを、実際に聞いていたからです。

私が小中学生の頃、父の友人が6〜7人、毎朝集まって火鉢を囲み、たわいのない話しをワイワイい語り合っていらっしゃいました。
狭い家は筒抜けです。話しの内容は私の耳に否応なく入ってきました。


「弥彦参り」の話題が出たときに、当時の「弥彦参り」の旅の様子を聞いていました。

私は現在60うん才。火鉢を囲んだ人達の心意も少し解るつもり!要約してみます。
当時の男達は、弥彦参りの厳粛な心を、「岩室温泉」でほどく。
翌朝、愛する妻達が待つ新潟に帰ろうと「岩室温泉」を出立。
新潟が近くなると、ここに、「内野」が待っていた。
男達は、ここ「内野」で「はんばきぬぎ」をやろうと言い出す。
お互い、口には出さないが、疲れが見える顔を妻達に見せたくないとおもっている。
飲んで元気な顔に戻りたい…みんなで、もう一泊した。
さらに疲れた顔になった者もいた…

火鉢を囲んだ大先輩達は、あきらかに子供の私に聞こえるように
「この話しは、自分達の先輩達から聞いた話し!」と…。
具合の悪い話しを、先輩達に振ったなどとは、子供時代の私では判りません。
もう一泊の意味も判りませんでした。

先人の男達の歩き旅、「弥彦参り」。
「・あぁヨーシタヤー、ヨーシタヤ!・」

         ご参考=「はんばきぬぎ」 旅を終え、無事を感謝しての慰労会。
               新潟市や近郷の人達が現在も使っています。
               脚絆の一種「はばき」を脱ぐことからとおもわれます。


                          文 イチコクヤ亭主

打ち出の小槌
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